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みんなが集えるやさしい場所へ。遊び心に溢れる店主が営む、美咲町の古民家カフェ。
ウタノナカ
目次
喫茶と食事、雑貨の販売も行うカフェ「ウタノナカ」
岡山県北の大都市である津山市、蒜山高原をはじめ多くの観光資源に恵まれた真庭市などと隣接する美咲町は2005年、周辺3町の合併により県中央部に誕生した町です。
観光スポットには日本棚田百選のひとつである大垪和西(おおはがにし)棚田があり、おいしい卵かけご飯をいただけることでも知られる同地域。
しかし周辺市町村に比べ、お出かけの目的地になることは少ないとも言われてきました。
今回取材に伺ったのは、そんな美咲町に「みんなの目的地になる場所、集える場所を作りたい」という想いのもと作られたカフェ「ウタノナカ」です。
ウタノナカの外観。納屋をリノベーションした建物がお店。
美咲町のまちづくり施策のひとつ「黄福物語」にちなんだからし色に、アルファベットの「u」と「n」をモチーフにしたロゴが看板
訪れる人をやさしく、明るい笑顔で迎え入れているウタノナカの店主・難波久美子さんに、経営するカフェや周辺地域への想い、今後の展望などについてお話を伺いました。
カフェに携わっておよそ20年の店主が、経験を糧に作り上げたお店
お店に入ってすぐのカウンターでお客様を出迎える、ウタノナカ店主の難波久美子さん
–木のぬくもりが感じられる、素敵なお店ですね。2021年7月にオープンしたばかりと伺いましたが、開業の経緯を教えてください。
難波さん: 私はカフェが大好きで、計20年くらいカフェでのアルバイトや趣味のカフェ巡りを続けてきました。学生時代からいろいろなカフェで働くうちに、いつからか自然と「自分のお店を持ってみたい」とも考えるようになって。そして昨年、40歳になる節目を前に、桃太郎商事株式会社の社長から「自分のカフェをやってみないか」と声をかけていただいたんです。桃太郎商事株式会社は2020年に美咲町で創業したベンチャー企業で、地域創生をメイン事業とする会社。一事業あたりに社長をひとり置くというスタンスで、地域を活性化するためのさまざまな事業を展開しています。その一環で、いまウタノナカのあるこの空き家を複合施設にリノベーションしようという計画が持ち上がりまして。私はカフェ事業部長として、複合施設への第一歩として作られるカフェを任せていただけることになったんですよ。私ひとりではきっと、漠然と夢に見ていても開業に向けて具体的に動き出すことはなかったと思うので、ラッキーでしたね(笑)。
–なるほど。ではお店の場所はあらかじめ、この打穴中に決まっていたんですね。
難波さん:そうなんです。この空き家、そして母屋でなくまずは納屋をカフェとしてオープンすると決まっていて。私はお店のコンセプト設計や内装、ロゴのデザイン決定など、お店づくりの段階から参加させてもらいました。2021年の3月から始まったリノベーション工事にも参加したので、カウンターテーブルや床に色を塗るなど、大工さんみたいに働いていた時期もありましたね。そんな風にイチから大切に作り上げてきたからこそ、私はこのお店がかわいくて大好きで仕方ありません!ちなみに打穴中の地名をカナ表記にした「ウタノナカ」の店名も、私の発案で決まりました。家でお店周辺の情景を思い返していたとき、ふっとアイデアが降りてきたんですよね。何だかのどかな感じがするし、外の人には「歌の中」って見えたりして、地名と言葉の響きのコラボレーションが良いなと思って。
ウタノナカの店舗横に流れる川。水と緑の香りがすがすがしく、風も気持ちよかった
–長年の夢であった自分のお店を持つにあたり、特にこだわったポイントは?
難波さん:美咲町って、ウタノナカができるまでカフェらしいカフェがなかったんですよ。だからせっかく自分のお店を美咲町に持つなら、老若男女、周辺地域の人も外から来た人も、みんなが楽しく集える場所にしたかった。これをお店のコンセプトとして、来てくれるお客様にとってとにかく居心地の良い空間づくりをめざしました。近隣のおじいちゃん・おばあちゃんにも、若い子達にも、小さいお子さん連れの方にもゆっくり長居してもらえるように作ったつもりです。
難波さんが塗装も手掛けた窓際のカウンター席。木製の椅子には座り心地が良いよう、座面に曲線がつけられている
2階は土足禁止の座敷席。「小さい子供を連れていても安心して飲食できるように」との配慮から、柔らかいカーペット敷きに
具体的にひとつ、内装でこだわったポイントを挙げるなら、調理場と客席を分けているカウンターかな。調理場にいてもお客様とコミュニケーションが取れるように、また何も隠すようなことがないですよということがお客様に伝わるように、オープンスタイルの木製カウンターを入れてあります。
両サイドに花のステンドグラスがはめ込まれているのが、難波さんこだわりのカウンター
単なる飲食店としてだけでなく、地域コミュニティの役割も
–こちらには、どんなお客様が来られていますか?
難波さん:土日は倉敷や備前、赤磐など、岡山県南から来てくださる方が多いですね。最近だと蒜山とか鶴山公園とか、県北の観光や紅葉のスポットを巡るルートにうちのお店を入れてくれて、寄ってくださるお客様も多いです。ここって路面店じゃないので、わざわざ目的地にしないと来てもらえないんですよね。それなのに休日には、お待ちいただかなくてはいけないくらいたくさんの方が町外からも来てくださる。それがもう本当にうれしくって!感謝の気持ちが高まりすぎて、来てくれるお客様みんなとお話したいし、本当にゆっくりして行ってほしいなって思っちゃいます(笑)。
–周辺地域の方に限ると、どんなお客様がウタノナカに来店されていますか?
難波さん:特に平日は子供からお年寄りまで、いろいろな年齢層の方が来られますよ。子供だけでも中学生や高校生のグループ、一人で来る小学生の常連さんまでさまざま。ちなみに小学生の常連さんは「おれ、いつもこれしか頼まんけんな!」と言って、毎回同じクリームソーダを頼んでくれます(笑)。毎日来ては、必ずうちで食事をされる川向こうのおばあちゃんもいますね。一人暮らしをされているんですけど、毎日会うからもう家族みたいになっていて。いつもは15~16時くらいには来るのに、畑作業に没頭して17時過ぎまで来なかったときは本当に心配で、家までピンポンしに行こうかと思いましたもん(笑)。
毎日来られるという常連のおばあちゃん。私たちとも気さくに話してくれた
–当初の目標通り、ウタノナカはさまざまな人が集まれる場になりつつあるのですね。
難波さん:そうですね、そう思います。美咲町はこれまで真庭や津山に行くための通り道のイメージが強くて、あまり目的地にしてもらえませんでした。そこに行きたいと思ってもらえる場所をひとつでも増やせたのなら、本当にうれしいことです。町外の方からはゆっくり過ごせる旅の目的地として、周辺地域の方からは新たなコミュニティの場としてますます活用してもらえるお店になるよう、頑張らないといけませんね。
食材も物も無駄にせず、おいしく楽しく生かす方法を考える
— 老若男女、さまざまな人が訪れるウタノナカですが、メニューづくりにおいてこだわっていることがあれば教えてください。
難波さん:いろいろな人に飲食を楽しんでもらえるよう、幅広いメニューを置くことですかね。古民家カフェというと、数種類のケーキにコーヒーと紅茶だけなどメニューを厳選しているところもありますが、それだと来てもらえる層が限定されちゃうと思って。だからうちはカレーからケーキ、パフェまで結構メニューの幅が広いんですよ。ドリンクの種類も多い方だと思います。大人だけでなくお子さんにも楽しんでもらおうと思うと、果物のジュースも炭酸のジュースも両方あった方がいいですもんね。あとは定番品に加え、季節に合わせ適宜メニューを変更・追加することも積極的にしています。やっぱり季節のものって、食べたくなるじゃないですか。私個人もそうだし、お客様のニーズとしても食から季節を感じたいというのはあると思うので。例えばこれからの冬季なら、かんきつ類やイチゴ、ベリー類を使ったお菓子や自家製シロップを使ったジュースなんかを提供予定です。
冬季限定メニュー「星降るクリスマスの大きな樹」。見た目と味だけでなく、ネーミングにも遊び心があって楽しい
–たしかにSNSを拝見していると、オープンして間もないのに結構メニューが変更・追加されているイメージがあります。季節ものもそうですが、食事メニューのトン丼とか。
「美咲生姜のトン丼ランチ」とほぼ同じ具材を使ったトンうどん。取材当日は店休日だったので、まかないとして作ったものを撮らせていただいた
ココナッツチキンカレーとジビエキーマカレー。地物のお野菜を余すところなく使っている
難波さん:美咲生姜のトン丼はね、地域の方からの「カレーだけじゃなくて定食みたいなものも欲しい」と言う声を受けて作ったんですよ。美咲町は生姜の産地として有名なので、地域の産品を生かせるメニューという意味も込めて考案しました。実は地産地消や、フードロスの削減もメニューを考える上で強く意識しています。例えばカレーなら、少し傷んだり形の悪い野菜でも刻んで煮込めばおいしく消費できますし、冷凍保存すれば廃棄になることも少ない。最近追加した焼き菓子のクロスタータも、見た目はもちろんジャムを包むという部分が良いなと思って採用しました。ジャムなら売り物にならない規格外の果物も、おいしくいただけますからね。
クロスタータ。中には季節によってさまざまな果実ジャムが包まれる。
その日に仕入れた野菜や果物によって作られるスイーツ。SNSで毎日配信される情報を要チェック。
ウタノナカのお菓子は甘さ控えめ。注文を受けてから絞るホイップクリームまで手作り
–食材を無駄にしたくないという想いは、古い建物を再生して営むこのお店と、何だかすごくマッチしているような気がします。
難波さん:そうですね。私食べ物であれ物であれ、極力捨てたくないんです。お店の中でも、本来なら捨てられるはずだった古いものをいろいろと再利用しているんですよ。例えば食器類は私の実家の倉庫に眠っていたもの。昔はどの家庭にもあったような、レトロで懐かしいデザインです。カウンターテーブルは工事現場で足場材として使われていたものだし、お花をデザインしたステンドグラスも、この家の母屋で眠っていたものを使っています。
30代以上の人には懐かしいグラスたちも、ウタノナカでは現役で活躍中
階段に光を届け、彩を添えるステンドグラス。古き良き物がうまく再利用されている
これからもみんなの目的地となり、地域を盛り上げていきたい
–ウタノナカの、今後の目標や展望を教えてください!
難波さん:何だろう、たくさんありますね(笑)。まずはウタノナカをもっと魅力的な場所にして、美咲町を目的地にしてくれる人を増やしたいかな。私ね、みんなで楽しめるイベントとか考えるのが好きなんですよ。この間はお店でハロウィンイベントをしたんですけど、どんどん母屋を使ったウタノナカマルシェみたいなイベントもできたらいいなあ。クリスマス前には「ウタノナカノタカラモノ」と題したイベントもしたんですけど、思った以上にたくさんの人が来てくださって嬉しかったです。あと良い方が見つかったら、後継者も育てたいです。このお店もそうですが、3町が合併してできた美咲町は横に広いので、各地域の方にとってのコミュニティとなるカフェをもう2~3店舗作れるくらい人材を育成して、過疎地域を盛り上げたいですね!
難波さんは最後までまぶしいほどの明るい笑顔で、お店や地域への想いを語ってくれた
お店作りから食材の使い方まで、すべてに愛とこだわりを持って取り組む難波さん。そんな難波さんがカフェを営むうえで最も重視するのは、接客だそうです。
「私はシェフでもパティシエでもない。専門職の方みたいにおいしいもの、すごいものは用意できないけど、たくさんの人に来てもらえるやさしい場所を作りたい」。
そう語る難波さんの声と表情からは、ほっとするような温かみとやさしさを感じました。
丁寧に作られたおいしいものを食べて、心身をゆっくり休めたいなら、次のお休みはぜひ美咲町ウタノナカを目的地に出かけましょう。
店主の明るい笑顔と包み込むようなやさしいお店の雰囲気が、あなたを迎えてくれますよ。
取材・文:灘岡もえ
取材日:2021年11月10日