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やさしい味わいにのせて。蒜山の人と自然の恵みを食で伝える、山のなかの手作りチーズ工房。
目次
蒜山の恵みをチーズで届ける「IL RICOTTARO(イル リコッタ―ロ)」
県北のなかでも、真庭市蒜山は県内外からたくさんの人が訪れる人気の観光地です。
そんな蒜山で、キャンプ場やスキー場と並び代名詞となっているのが「ジャージー牛」。
日本国内でも有数のジャージー牛飼育数を誇る蒜山では、ホルスタイン牛から採れる一般的なものに比べ、濃厚な味わいの牛乳や乳製品を味わえます。
「IL RICOTTARO(イル リコッタ―ロ)」も、蒜山の恵みであるジャージー牛乳を使ったモノづくりに励む工房の一つです。
「IL RICOTTARO」は蒜山高原の観光メイン通り、蒜山高原線から少し離れた山の上にある
工房の入り口には、職人の竹内さん自らが描いたイラスト付きの看板も
南イタリア、シチリア地方伝統の製法でフレッシュチーズを作ることにこだわる同工房。
今回は工房にお邪魔し、蒜山の豊かな自然を届けるべく日々チーズ作りに励む職人、竹内雄一郎さんにお話を伺いました。
甘い香りいっぱいの工房で、丁寧に作られていくチーズたち
その日の乳の発酵の状態を踏まえ、材料と対話しながらチーズを作る竹内さん
― 自然豊かな場所にある、素敵な工房ですね。どんなチーズを作っているのですか?
竹内さん:ありがとうございます。この工房で僕が作るチーズは、リコッタチーズやモッツアレラチーズがメインです。チーズと言えば、丸くて大きな黄色いチーズをイメージする人もいるかもしれませんが、僕が作っているのは白くてふわふわとした、フレッシュチーズと呼ばれるものになります。
工房の看板商品のひとつである「リコッタフレスカ」。最もベーシックなリコッタチーズで、乳の素朴な甘味とうま味を感じられる
― いまも工房内に、牛乳の甘いにおいが漂っていますね。こちらのリコッタチーズやモッツアレラチーズがどのように作られるものなのか、簡単に教えてください。
竹内さん:まず、今朝搾ったばかりのジャージー牛の生乳を酪農家さんから分けていただき、子牛の胃から採れる酵素のレンネットや、複数種類の菌を入れて発酵させます。発酵して工程が進むと、牛乳は上澄み液の「ホエイ」とタンパク質が凝固してできた「カード」に分かれるので、これをそれぞれ加工してチーズにしていくんです。簡単に言うと、ホエイに塩を入れて加熱し、水気を切ったものがリコッタチーズに、そしてカードを温かい塩水で繊維状になるまで練り上げ、まとめたものがモッツアレラチーズになります。
チーズの原材料となる生乳。「チーズの味は8割、乳(ちち)で決まる」と竹内さん
煮詰めたホエイにイタリア産の海塩を加える工程
ときどき灰汁を取りながら、丁寧に塩とホエイを煮詰めていく
ホエイに浮いてきたタンパク質を集め、容器に詰めて水切りしたものがリコッタチーズになる
― 工程を拝見していると、本当にすべて手作業なのですね。竹内さんがチーズにかける愛情が伝わってきますが、この製法はイタリアで学んだものなのでしょうか?
竹内さん:そうですね。イタリア南部のシチリア地方を訪れ、数か月間学んだ伝統的なチーズの作り方になります。現地では山で家畜とともに暮らし、リコッタチーズを作る人たちのことを「リコッタ―ロ」と呼んでいて、僕のチーズ作りもそのリコッタ―ロたちに習ったものなんですよ。「IL RICOTTARO」という工房の名前には、ロマンあふれる生き方をする彼らへの尊敬と憧れを込めています。
南イタリアの伝統製法にこだわり、フレッシュチーズを作り続ける理由
― さまざまなチーズがあるなかで、なぜ、シチリアの伝統製法で作るフレッシュチーズにこだわっておられるのでしょう?
竹内さん:僕は学生時代を北海道で過ごし、チーズ工場でバイトをしたことをきっかけにチーズ職人になりました。北海道で職人として働いていたある日、イタリアから来た人から「カンノーロ」を振る舞っていただく機会があったんです。カンノーロとはシチリアの伝統的なお菓子で、筒状の生地の中にリコッタチーズのフィリングを詰めたもの。このときに食べたチーズフィリングが何とも甘く、やわらかく、他の素材と一体となって味わい深くて、本当に本当においしかったんですよ。その味はもちろんのこと、「フレッシュチーズが料理として、お菓子としてこんなに幅広く楽しめるものなんだ!」ということにも感動して、このおいしいチーズを日本でも届けられるようになろうと思ったんです。
鍋から出したばかりの温かいリコッタチーズ「リコッタカールダ」。茶碗蒸しに似たふわふわとした食感で、やさしい塩気と乳の甘い風味がおいしい
― イタリアへ渡り、リコッタ―ロたちのもとで学ぶ日々はいかがでしたか?
竹内さん:自然とともに暮らすリコッタ―ロたちも、彼らのもとへ毎朝ボウルを持って訪れ、チーズを買いにくるシチリアの田舎で暮らす人たちも、とても魅力的でしたね。
実はイタリアのなかでも、手作業でチーズを作るこの製法は失われつつあります。特に都会の方では効率と利益率を重視し、工場でのチーズ生産をするところも多くなってきているんですね。そんななかで昔ながらの暮らし方、伝統の製法を守り、おいしいチーズを作り出す人たちはむちゃくちゃかっこよかったです。
― 日本へ戻られた後、蒜山でチーズ工房を開かれたのはなぜですか?
竹内さん:蒜山でなら、僕が憧れる「自然とともにある暮らし」を実現できると思ったんです。僕はもともと、自然と共存していく暮らしに興味があって、大学でも自然のなかの街づくりについて学んでしました。シチリアで見たリコッタ―ロたちは、まさに僕がめざす自然とともにある暮らしを実践していた。イタリアで見たものを、蒜山のかたちにして実践したいと思ったんです。
また、ジャージー牛の飼育数が多い地域であることも大きな理由のひとつでした。
脂肪分が多く、濃厚でフレッシュな味わいのジャージー牛乳は、シチリアで放牧されてチーズ作りに使われているモディカ牛の乳の性質と似ているんです。ここでなら僕のめざすおいしいフレッシュチーズを作り、日本の皆さんに届けられると思いましたね。
チーズを食べてくれる人に、蒜山の自然を感じてもらいたい
カードを網目模様の容器に入れて水切りした「トゥーマ」。水切りしないものはモッツアレラチーズに、さらに水切りしてから刻み、熱湯で練り上げたものはひょうたん型が特徴的な「プローヴォラチーズ(熟成しないフレッシュなカチョカバロチーズ)」にする
― 日々どんなことを感じながら、チーズ作りを続けておられるのでしょう?
竹内さん:チーズ作りって難しいな、と思っています(笑)。ここに工房を構えて2021年で10年目になりますが、未だに納得のいく仕上がりになることの方が少ないです。チーズの出来は原料である乳の状態と菌による発酵具合でほぼ決まりますが、放牧されるジャージー牛の乳の味は季節によってかなり変わるんですよ。例えば夏の暑い時期は牛がバテてしまうのでさらっとした味わいになりますが、フレッシュな草を食むので草の色と風味が付きます。逆に冬は脂肪分が多く、より濃厚な乳を原料にチーズを作ることになります。
僕のできることは、自然からいただく乳の状態と菌の働きを見て、整えてあげることだけ。
あくまでその時期、その日の蒜山が作り出す自然な味わいを損なわないように意識し、材料の声を聞いて作業を進めていくんです。好きで始めて、好きだからこそ今日まで続けて来られた仕事ですが、自然を相手にするためその大変さは常に感じています。
刻んだカードを塩水の中に入れ、繊維状になるよう練り上げていく工程。飴細工のよう
練り終わったら、何層かに折りたたんだチーズを包み込むようにしてまとめる
チーズの層をまるく包み込んだら、最後の工程へ
ちぎって、水で冷やせばモッツアレラチーズの出来上がり。これを何度も繰り返す
― どんな人に、ご自身が作ったチーズを食べてもらいたいですか?
竹内さん:やっぱり一番は、楽しくおいしく味わってくれる人に食べてもらいたいですね。合わせる食材や、調理法なんかもある程度想定して作っているので、いろいろな方法でとことん楽しくチーズを食べていただければと思います。そう考えると、イタリアンが好きな人や料理が好きな人、食べることへの関心が高い人には楽しんでもらえるのかなあと思います。ちなみに、現地ではリコッタチーズが離乳食として使われることもあるので、お子さんも含め家族みんなで食べてもらえるともっとうれしいです。
フレッシュなリコッタチーズは、シンプルにパンと食べるのがおすすめ。青い風味のオリーブオイルをかける他、はちみつをかけて甘みをプラスしてもおいしい
モッツアレラチーズの調理例。トマトとアンチョビ、オレガノ、バジル、塩コショウとオリーブオイルで和えるだけで、パンにも合うごちそうになる
さまざまな手法で「蒜山の自然を活かすこと」への挑戦を続けていく
毎日、その日の材料の状態を確認しながら、チーズを作り上げていく竹内さん
― チーズ工房として、また工房以外にやりたいことなど、今後の展望を教えてください
竹内さん:僕と子育てに忙しい妻との2人で工房を運営しているもので、やれることはどうしても限られてくるのですが…やりたいことはたくさんあります!開業当初に敷地内でやっていた、工房で作ったチーズを使った料理やお菓子を提供するカフェを再営業したい気持ちもありますし、蒜山の森で採れる木材を使ったカッティングボードなどの販売にも興味がありますね。チーズから派生するものはもちろん、チーズ以外でも蒜山の自然を活かしてできること、作れるものをかたちにして、たくさんの人に感じてもらいたい。地域の人とも協力しながら、少しずつ実現していければと思います。
ひと口食べると蒜山の自然と、作り手のやさしさ・素朴さを感じられる竹内さんのチーズ。
日本人である私が、チーズを食べて「懐かしい」「ほっとする」と感じることがあるなんて。「IL RICOTTARO」のチーズとジャージー牛を育む蒜山の自然には、触れる人を癒し魅了する不思議な力があるのかもしれません。
「IL RICOTTARO」のチーズは現在、工房直営の通販サイトまたは「ひるぜんワイナリー」「真庭あぐりガーデン」などの一部店舗で購入可能です。
自然に触れてほっとしたいとき、毎日頑張る自分の心身を労わってあげたいとき。
必要なのは、蒜山が育んだおいしいものかもしれません。そんなときはぜひ「IL RICOTTARO」のチーズを探しに行ってみましょう。
取材・文:灘岡もえ